【舞踊団公演】ソレア・白蓮の最初の結婚②
舞踊団公演の2演目目はタンゴについて書こうと思ったら、前振りのその前の演目・ソレアについての思い入れが深く、ソレアについてその2となってしまいました・・・。
こんな調子では、本番までに全演目の紹介が終わらなそう(^-^;
さて、ソレアの最後に白蓮の実家の家長である実兄が登場します。
そして、最初の夫との仲裁に入り、白蓮と最初の夫の離婚は成立します。
白蓮を愛していた夫は、うなだれ、舞台にうずくまります。
愛しているのに振りむいてもらえない。
それどころか嫌われ、避けられるから、振り向かせようと、嫌がらせをしてしまう。
暴力をふるってしまう。
歪んでいるけれども、これも愛の形の一つ。
最初の夫は、愛情表現が下手な人でした。
白蓮も最初の夫も若かった。
若かったからぶつかった。
周囲の友人の話を聞くと、若いうちに結婚する夫婦って、ぶつかり合うことが多いようです。
自分の主張をするだけじゃなく、それで相手を変えようとしてしまう。
そりゃ、うまくいかなさ。
それで離婚ってケースも、よく聞く話。
私は40過ぎてから結婚したので、お互いが丸くなってたのかと思うのですが、喧嘩しないです。
ぶつかると疲れるから。若くないから、喧嘩するパワーもない。
「迷惑さえかけないでいてくれたら、自由にしてくれていい」と私も夫もお互いに思ってます。
そんな感じなので、お互いに好きにしてます。好むものが違うから、別行動です。
でも、一緒にいる時間がないかと思いきや、今年に入ってから夫はリモートワークでずっと家にいます。
自室にこもっててくれればいいものを、ずっと居間にいます。
そして、私もずっと居間にいます。
特に話すでもなく、ずっと一緒にいます。
これぞ、まさに老夫婦!
40代にして私たち、80代の安定感!
相手のすることに、いちいち文句つけてたら、そりゃ、上手く行きません。
多少のことは目をつぶる。
我慢するのとは違う。神経質にならないで、鈍感力を養う。距離を取る。自分のことは自分でする。相手に干渉しない。
すると、相手が何をしていても、気にならなくなる。
白蓮の本を読んで、
「そうそう。人生、上手くいかない人って、相手の粗を見ては不平不満を抱え、相手を否定し、相手のせいにするのよね。相手を変えることはできないのに、それでイラついて、益々運気が下がっていくのよね~」
と思いました。
私の中の初期の白蓮って、そんな感じの人。
要は、面倒臭い人。
「そういう人の傍には寄りたくないな」って思われてしまい、孤立する人。
私は、自分ではできないことを、人に頼らざるを得ないのにも関わらず、神経質になって相手の粗に目が行き、不平不満を抱え、グチグチしてる人が大嫌いです。
「なら自分でやれ」と思います。
人のすることにケチつけるのは簡単ですが、いざ自分がやるとなったら、そう簡単なことではありません。
グチグチする位なら、自分の足で立ったらいい。
自分の足で踏ん張るのは簡単なことじゃないので、他人のことを気にかけてる余裕はなくなります。
自分のことで精一杯になります。
そうしたら、相手の粗にも目が行かなくなるし、他人を否定しなければ、傍に人が集まってきます。
だから、私は、自分のことに精一杯な人の方が、他人のことを気にし過ぎてる人より好きです。
面倒臭くないから。
面倒くさい女・白蓮は、夫のDV極まり、グチグチすることすらできなくなり、ついには、面倒くさい女返上となる行動にでます。
実家の兄を頼り、夫との離婚を成立させます。
かつての女性にとって、離婚は至難の業でした。
「出戻り」「家の恥」とされた時代の、それも由緒正しき家門のお姫様です。
そう簡単なことじゃなかった。
兄が仲裁に入ってくれたとは言えど、兄を説得し、兄を動かしたのは白蓮の勇気です。
「白蓮、面倒くさい女」と思ってる私ですが、それでも、「白蓮、天晴!」と思うのは、彼女は人生で2度の離婚をし、その後、過酷な環境に身を置くことになりますが、「結婚してた頃の方が良かった」とは決して言わないところです。
「我慢して、あのまま夫のところにいたら、贅沢できたのに」「汚名を着せられることもなかったのに」とチラリと脳裏をよぎったかもしれませんが、離婚後の過酷な環境の中で踏ん張り、戦い続けます。
死に際の白蓮の回想シーンで始まる、このソレア。
死に際の白蓮は、過去の幼き頃の自分の至らなさを知っています。
ソレアの最後に、死に際の白蓮が現れ、若き頃の白蓮に未来を指差します。
「自分の足で立つ為に、この夫から離れなさい。
私ならできる。私はそんなに弱くない。私は強い!
だから、行きなさい」
と告げるのでした。
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