舞踊団公演「落花流水」生徒と私とゲストのファルーカ
一番見るのが怖かったファルーカです(^▽^;)
「弟は自分の嫁を兄に脅されて譲る」
「女は愛する夫(弟)と別れさせられ、
気乗りしないままに、
その男(兄)の妻となる」
というシーンでファルーカを使いました。
ロイヤル・ファミリーの
兄弟間における 三角関係を描いた演目です。
ただ、その後、弟は兄を殺し、
兄の息子を殺し、元妻を取り戻します。
そこにクライマックスを持ってきたかったので、
あまり派手さや激しさを持ち味としない
ファルーカという曲を使いました。
タブラオのように、順々に出演者が出てきて、
一人一曲ずつ踊るのでしたら、
ずっと盛り上がる曲でもいいのでしょうが、
公演のように、1時間半から2時間の公演の中で
起承転結する場合、
ずっと盛り上がってたら、
それはそれで一本調子で、お客様を疲れてしまう。
どこか抑えるところも必要。
ということで、
ぐっと堪えた作りになってます。
出演は、
大海人皇子(弟)役でゲストの池森暢昌、
その妻・額田王役で私。
二人は愛し合い、子まで成した夫婦という設定です。
そこに額田に横恋慕した、
キチガ〇の変態・兄・中大兄皇子役としてドミンゴ。
どことなく、顔も体型も似ている暢とドミンゴ。
兄弟役にうってつけ(≧▽≦)
なんで、このファルーカを見るのが一番怖かったかと言うと、
やっぱり心配だったから。
結論から言ってしまうと、
暢やドミンゴは、
こういうストーリーがあって、
役柄を演じながら踊るというのに向いていると思う。
フラメンコを踊るのが上手ければできるかというと、
これはまたちょっと違う気がする。
その役柄になれるかどうか。
特性がある。
舞踊であり、芝居であり。
舞台というのは、特に、舞踊団公演というのは、
主催者側が踊り手には振付を、役者には台詞を用意し、
それを出演者に覚えてもらい、
その中で彼らの味を出してもらうという枠が存在する。
ところが、これだと暢の味が出ない。
普通は、題材を与え、
枠の中で活動することで安心できる人が多い。
でも、ノブはそうじゃない。
枠があると良さが出ない。
でも、明らかに才能はある。
こういうのに向いている。
枠を取っ払い、暢の良さを引き出すのは簡単。
けれども、一度、枠にはめさせてみたいと思いました。
その抑圧も、後の爆発には必要な過程となる。
暢だけじゃない。
私のとっても、ドミンゴにとっても、
ファルーカは、『抑圧』でした。
さて、
前回の公演でも、今回の公演でも、
生徒ではなく、ゲストとして出る人たちに、
如何に私の要望を伝え、
望むように動いてもらえるかが課題だと思いました。
暢とドミンゴですが、
ドミンゴは生徒だから、
「そうじゃないよ」「ちゃんと覚えてこいよ」
とずばっと言える。
でも、ノブは生徒じゃないから、中々そうはいかない。
でも言わないと作品が出来上がらない。
庸子先生の公演に出て、庸子先生の様子を見ていると、
あのカナーレス相手であっても、
「そうじゃないのよ。もっと、こんな感じなのよ」
と一歩も引きません。
仕舞いにはカナーレスがイラついてきて、
リアクションも大きく、
「センセ、何がダメなんだ。これでいいじゃないか!!!」
と怒り出すのですが、
それでも、庸子先生は飄々と、
「違うのよね~」
と納得するまで引きません。
そのこだわり、信念、強さ、尊敬しています。
庸子先生がカナーレス相手にそれができるなら、
私もゲストで出てくれた人たちに言えて然るべきなのですが、
中々言えず、
「皆さんのいいと思うようにやって下さい」
と逃げ腰になってしまう、
「私、弱いな。甘ちゃんだな」
と情けなく思ったりします。
今後の課題です。
ただ、ノブは優しい人ですね。
本当に優しい。
言いたいことがあっても言えず、
溜め込むが故に、
ドヨヨーーンとした臭いオーラを出しまくる私に対しても、
神経を逆なですることなく、
温厚でいてくれて、私は救われました。
「生徒と違って、
あまりゲストには言えない」
と言いつつも、それでも言ってたので、
すっかり暢には怖がられ、
距離を取られてしまっていますが、
その位で主催者(演出家)と出演者はいいのかな
って思うようになりました。
「お友達」になってしまうと、
お互いが苦しくなる。
何はともあれ、
中大兄皇子にドミンゴ、大海人皇子に暢というキャスティングは
大当たりだったと思っています。
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