茶々のソレア

(03)舞踊団公演

関ケ原の戦いでは、
東軍の将は徳川家康でした。
その後、徳川の時代が長く続いたので、
それはとっても有名。
じゃあ、西軍の将は誰?
ってなると、歴史好きか、
勉強ができる人じゃないと知らなかったりする。
西軍の将は、石田三成。
名前は聞いたことあるけど、なんだか地味な存在。
石田三成は、何のために徳川家康と戦ったのか。
 
秀吉が死んだ後、天下を我が物にしようとしたのは家康でした。
けど、あの当時は、世襲制だったので、
お父ちゃんが死んでも、息子がいるなら、
お父ちゃんのものは息子に引き継がれました。
秀吉が死んでも、秀吉に子供がいれば、
天下は秀吉の息子のものになる。
そして、一応、秀吉には秀頼っていう息子がいた。
なのにも関わらず、家康はそれを奪い取ろうとした。
筋が違う。
そりゃ、戦争にもなるさ。
でも、秀吉亡き後、家康が天下を乗っ取ろうとして、
息子が応戦したかというとそうではなかった。
息子はまだ子供だった。
秀頼の母親は、茶々。
淀殿とも呼ばれていました。
信長の姪であり、秀吉の側室であり、最期、家康と戦って散ります。
幼き息子の代わりに茶々が奮闘した。
けど、世は戦国時代。
どっぷり男社会。
いくら茶々が信長の姪という、超家柄のよろしいお嬢様であっても、
男たちには相手にされなかった。
で、代わりに、豊臣家存続の為に命をかけて戦ったのが石田三成でした。
 
結局、石田三成は関ケ原で戦いに敗れ、処刑されてしまいます。
三成は茶々を愛していたのではないかと思う。
何故なら、
私は、
男は愛する女の為に死ねるものだと思ってるから(断言)!
愛する女一人守れないようじゃ、男として一人前じゃない。
何万もの兵が三成についたのであれば、
三成は男が認める、男の中の男だったと思う。
だとしたら、愛する女を守り、自らの命を捧げて戦うような人だったと、
私の想像。
てか、三成、そうであって欲しい。
茶々からすると悲しいですよね。
だって、自分を愛し、自分の代わりに戦ってくれた人が、
自分の為に死んでゆくのですから。
三成だけじゃなく、
自分の側についてくれた何万という男たちが関ケ原で命を落とした。
人間の尊厳を守られることなく殺される人たちの苦しみは計り知れない。
けれども、自分を守ろうとしてくれる人たちが死にゆくのを見届けるのは、
それはそれは苦しい。
茶々は、自分の生まれてきた境遇を呪ったのではないかと思う。
泣いてばかりの人生だったのではないか。
 
2月の公演では、私は僭越ながら茶々を演じます。
ラストではソロでソレアを踊りますが、
死にゆく三成への想いを踊りで表現します。
ざっくり言っちゃうと、
「ごめんなさい」と
「ありがとう」と
「どうして私を置いて死んじゃったの?一人にしないで」
って気持ちだったと思います。
最期に家康と戦って死ぬ位の女なので強い人だったとは思いますが、
でも、女ならではの弱さもあった筈です。
特に、愛する男の前では弱いところが出たでしょう。
そんなところを表現できたらいいなぁって思ってます。
なので、普段、タブラオで踊るのとは表現の仕方が異なります。
キャラクターを演じながら踊るというのは難しいですね。
でも、楽しいです。
 
こちら、タブラオでも踊ってたソレアですが、
茶々の気持ちを想像しながら踊ってみました。
こんな感じで、2月まで踊り込んでいきたいと思ってます。
 
https://youtu.be/fftRVSt3LGQ
 
チケットはもう既に販売しております。
まだまだチケットありますので、面白そうだなって思って頂けたら、
是非観にいらして下さい♪
info@miemoriyama.jp
にお問合せ下さいましたら、お返事申し上げます。

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